今日は朝から設計おじさんが、パッチワークばあちゃんの家へお手伝いに出かけていきました。洗濯おばさんもお仕事です。お部屋のまわりは静まり返り、ハクは静かにお留守番をしていました。こういう時間は、動かないことにも意味があります。無駄に動かず、体力を温存すること。それもまた選択のひとつです。ハクはお部屋で休みながら、ときどきデッキに出て、外の気配を確認していました。
夕方、設計おじさんが戻ってきました。しかしその動きはいつもと違い、重く、輪郭がぼやけています。そのまま横になり、すぐに眠りに入りました。ハクが見守っていることにも気づかないほどです。少ししてから、「自然と戦ってきた」と言っていました。この言葉に、ハクは引っかかりを覚えます。自然と戦うとは、具体的に何を指すのでしょうか。遺伝子先生は、「生き物にとって自然は敵ではなく、条件である」と教えていました。つまり、戦う対象ではなく、適応する対象です。しかし人間は、ときに自然を“乗り越えるべきもの”として扱います。設計おじさんの言う「戦い」は、おそらく風の強さ、気温の低さ、あるいは身体を使う作業の負荷といった、複数の環境条件とのせめぎ合いだったのでしょう。
ハクであれば、そうした条件が重なる場所には、慎重に近づきます。しかし設計おじさんは、その中に入り、作業を行ってきたのです。その結果が、この深い疲労として現れています。見えない戦いとは、外からは詳細がわからない負荷の積み重ねです。言葉は短くても、その中には多くの要素が含まれています。ハクは、眠っている設計おじさんを見ながら、その背景にある状況を想像します。
